いまだ生を知らず

文章が書きたい時に書く場所をと思って作ったこのブログ。
しかし今文章を書きたい時なのかと訊かれたらNoだ


それはさておき

自身の考えを言語化したくないというようなことがよくある
もしかすると今もそういう時かもしれない
(ではなぜここに文章を書いてるのかは訊かないでほしい。というより訊かれても答えられない)
言葉で表すのが怖いというわけでもないし、普段日本語という言語を使って考えている以上あてはまる言葉が全くないという訳でもないはず
(実は何も考えてないという話もある)
うまくこれを表現できる日本語が降ってくるのを待っているのか、はたまた何か別の原因なのか。

私はよく(というほどの頻度でもないが)美術館に絵を見に行く
先日も美術館へ行ったのだが、なにかがいつもと違う
絵の横に掲示(?)されている解説を読んでいたら気分が悪くなった
誰かが解釈して文章化した解説の存在が許せないというか、その解釈を押し付けられているような錯覚を覚えたというか、周りに誰もいなければ泣き出していそうなほどで、とにかく一刻も早く会場を抜け出したかった。
その画家がどういう思いでその絵を描いたか知るよしもないではないか。
現在見に行きたい展覧会はいくつかあるのだが、足を運ぶには非常に勇気がいる。
捨てなければいけない機会もあるのだと先日学んだばかりなのだがどうしようか。

同じような話が音楽にもあてはまっていて、最近は自分で楽器を手に取ることからも誰かの音楽を聴くことからも遠ざかっている
練習しなかったら下手になるから余計弾きたくなくなるのにね




ほーら見ろ気が進まない時に無理矢理文章書いたら気持ち悪い日本語になったじゃないか



  1. 2012/01/11(水) 22:02:17|
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趣味だと思っていたものが消えてしまった。さてこれからどうしよう。



  1. 2011/12/13(火) 01:57:58|
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ここ数日で一気に朝晩の空気がひんやりと肌寒くなった。
それと同時に、どこからか訪れるキンモクセイの香りが
今年もこの季節がやって来たことを私に知らせる。
そのまた昔とは違った意味を持って。
  1. 2011/10/03(月) 06:50:24|
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ふと思いついて小さな手提げかばんを作っていた。
長く使いたい、見た目も良くしたいと思いながら、一針ずつ丁寧に進めていった。
縫い目が見えないようにポケットを縫いつけていたが、途中であまりの煩雑さに投げ出しそうになったその時、ふと気が付く。
自分でやった記憶はなかったものの、どこかで見たことのある縫い目。
それは、母が運動会のためにゼッケンを縫いつけてくれた時のものだった。
たった一日のためだけにこんなに手間をかけて縫ってくれていたのか…!
運動会が終わってその糸を切った時には、そんなことに気付いてもいなかった。

手提げといえば、母は小学校に入学する時にお道具箱が入る大きさのものを作ってくれた。
ミシンは使わず、全て手縫いで。
あの手提げを作るのにどんなに手間がかかったことだろう。

そんなことに思いをめぐらせる前、こんなことを考えていた。
こういうものを仮に誰かのために作るとしたら、その相手がよほど大切な人でなければ途中で作るのをやめるだろうな、と。

気付いた瞬間、涙が止まらなくなった



  1. 2011/09/28(水) 21:41:33|
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記憶

もうすぐあれから5年が経とうとしている。
この5年という歳月は長かったのか、それとも短かったのか。
私にはその感覚がないし、なくていいものだと思っている。
しかし、あれだけ強烈な印象や感情を伴っていたのに
あれだけ決して忘れまいと誓ったのに
もはや私はあの時の感情や風景を鮮明に思い出すことができない。
5年という歳月にいつの間にか屈してしまっていた悔しさ、そして申し訳なさがこみ上げてくる。





  1. 2011/09/08(木) 15:47:53|
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