いまだにいろいろ言われるものの、自分の行きたい道を進ませてくれた両親には感謝してもしきれない。
たくさん投資してもらっている、その分以上に頑張らないと。
- 2012/01/30(月) 02:03:59|
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少し前からネット上で1月25日に大地震が発生するという話が流れていた。
私はそれに対して少々怖くなりながらも「ふーん」くらいで済ませていたがその話はどうでもよい。
(信じるのはちょっと馬鹿らしいけど完全に地震なんて起こるはずないと決め付けるのも根拠がないと思ってた)
しかしその話を聞いてから少々思うことがあった。
もし本当に25日に大地震がこの近くで起こればもう命はないかもしれない。
はいあなたは明日地震で死にますよ、と言われたようで特に今日1日は複雑な思いを抱いていた。
もしここで死んだらこの20年ちょっとの間なんと勿体無い生き方をしていたことか。
何かの下敷きになりながらこんな思いで死ぬのを想像していると、やるせない気持ちでいっぱいだった。
幸い25日に大地震は起こらなかった訳でほっとしてはいるのだが
今日地震が起きて、あるいはまた別の何かが起きて今日で人生が終わる可能性だってもちろん0ではない。
こんなに恵まれた環境を生かさずに終わるのはなんと罪なことだろう。
私の性格上どんな人生を送っても終えるときには後悔するのだろうが、
折角の1度きりの人生
好きなことを探してそれを実行して、そして少しでも周りの人の役に立ってから終止符を打ちたい。
ところで、今日は私の所属していないとある団体に混じらせてもらって飲み会に行ってきたのだが
今日もまた私が何も知らないことを痛感させられた。
一生をかけて学んだってこの世界のほんのわずかしか知ることができないとは知っているものの
生きている間に少しでも多くのことを知って、少しでも知見を広げたいものである。
地震の予告をしてくれた人へ。
本当に予知夢を見て警告を発してくれたのか単に騒ぎを起こすために書き込んだのか私は知らないけれど
いろいろと考える機会をありがとうございました
- 2012/01/26(木) 01:29:34|
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音楽が音楽として聴こえた。
長い間忘れていた感覚が蘇ってきた。
以前は当たり前だった、それゆえに意識したことのなかったこの感覚が。
- 2012/01/19(木) 01:13:36|
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文章が書きたい時に書く場所をと思って作ったこのブログ。
しかし今文章を書きたい時なのかと訊かれたらNoだ
それはさておき
自身の考えを言語化したくないというようなことがよくある
もしかすると今もそういう時かもしれない
(ではなぜここに文章を書いてるのかは訊かないでほしい。というより訊かれても答えられない)言葉で表すのが怖いというわけでもないし、普段日本語という言語を使って考えている以上あてはまる言葉が全くないという訳でもないはず
(実は何も考えてないという話もある)うまくこれを表現できる日本語が降ってくるのを待っているのか、はたまた何か別の原因なのか。
私はよく(というほどの頻度でもないが)美術館に絵を見に行く
先日も美術館へ行ったのだが、なにかがいつもと違う
絵の横に掲示(?)されている解説を読んでいたら気分が悪くなった
誰かが解釈して文章化した解説の存在が許せないというか、その解釈を押し付けられているような錯覚を覚えたというか、周りに誰もいなければ泣き出していそうなほどで、とにかく一刻も早く会場を抜け出したかった。
その画家がどういう思いでその絵を描いたか知るよしもないではないか。
現在見に行きたい展覧会はいくつかあるのだが、足を運ぶには非常に勇気がいる。
捨てなければいけない機会もあるのだと先日学んだばかりなのだがどうしようか。
同じような話が音楽にもあてはまっていて、最近は自分で楽器を手に取ることからも誰かの音楽を聴くことからも遠ざかっている
練習しなかったら下手になるから余計弾きたくなくなるのにね
ほーら見ろ気が進まない時に無理矢理文章書いたら気持ち悪い日本語になったじゃないか
- 2012/01/11(水) 22:02:17|
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